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(平日10時〜16時)
  現代歌人協会主催  − 現代歌人協会賞 −
歌人の登竜門として知られる現代歌人協会賞は、前年度に刊行された新人の歌集を対象に、最も優れた作品を顕彰するものです。
1957年に開設という長い歴史を持ち、多くの新進歌人を世に送り出してきました。例年、6月に東京・学士会館で授賞式が行われます。

第68回(2024年) 現代歌人協会賞

 
睦月都『Dance with the invisibles』
角川書店
2023年10月2日
春の二階のダンスホールに集ひきて風をもてあますレズビアンたち
幸せな家族ではない人たちもはごろもじやすみんのゆめのなか
空白の季節いくつか費やして灯れる冬のマルセイユ靴店

第1回(1957年)
遠山 光栄  『褐色の実』 第二書房 1956年1月20日

やがてわが頭蓋も浸りゆくべくて冥(くら)きなかより水おとのたつ
きしきしと降りゐる雪に歩み来て花舗にて黒い手袋をぬぐ
高きよりみてをり雪は水面にちかく一方に靡きつつ降る
第2回(1958年)
田谷 鋭 『乳鏡』 白玉書房 1957年8月15日

生活に面(おも)伏すごとく日々経(へ)つつセルジュリファールの踊りも過ぎむ
遠き国の雪積む貨車が目前(まさき)を過ぎ瞳吸はるるわれと少年
昏れ方の電車より見き橋脚にうちあたり海へ帰りゆく水
第3回(1959年)
恂{ 邦雄 『日本人靈歌』 四季書房 1958年10月31日

日本脱出したし 皇帝ペンギンも皇帝ペンギン飼育係りも
突風に生卵割れ、かつてかく撃ちぬかれたる兵士の眼
少女死するまで炎天の繩跳びのみづからの圓驅けぬけられぬ
第3回(1959年)
真鍋 美恵子 『玻璃』 新星書房 1958年2月15日

月のひかり明るき街に暴力の過ぎたるごとき鮮しさあり
桃むく手美しければこの人も或はわれを裏切りゆかん
蜥蜴(とかげ)のやうな指してスプーンをわが前に人があやつりてゐる
第4回(1960年)
長澤 一作 『松心火』 四季書房 1959年9月30日

めし粒をこぼしつつ食ふこの幼(をさな)貧の心をやがて知るべし
コスモスの花群(はなむれ)に風わたるとき花らのそよぎ声のごときもの
黄(き)の芝に降りそそぐ雨苦しみを予期する故に人は苦しむ
第5回(1961年)
該当なし

第6回(1962年)
倉地 与年子 『乾燥季』 やしま書房 1961年8月

すりへりし下駄おもはゆく登りゆくこの階やロダンに続く (展覧会)
七百人みんな秋刀魚を食べてゐる大食堂にあはれ秋刀魚はうまき
ひとひらの翳を摑みて降りてくる蜘蛛よ地上に神なき夕べ
第7回(1963年)
該当なし

第8回(1964年)
清水 房雄 『一去集』 白玉書房 1963年6月25日

何ごともむなしかりしと思ふとき隣室に豆を煎るにほひすも
かすかにかすかになりゆく心音呼吸音涙ためつつ終るわが妻
小さくなりし一つ乳房に触れにけり命終りてなほあたたかし
第9回(1965年)
該当なし

第10回(1966年)
足立 公平 『飛行絵本』 デザイン工房エイト 1965年8月7日

おのれの身体を曳(ひ)きずるようにして 濡れながら行くかたつむりはせつなかろ
渦の中心を感じるように 飛行畳が底しれず落ちてきて目ざめる
言うことがいつぱい、話しあう広場の 一頁でも二頁でも雑誌をもとう
第11回(1967年)
該当なし

第12回(1968年)
岡野 弘彦 『冬の家族』 角川書店 1967年10月10日

うなじ清き少女ときたり仰ぐなり阿修羅の像の若きまなざし
執(しふ)深く生きよと我にのらせしは息とだえます三日前のこと
辛くして我が生き得しは彼等より狡猾なりし故にあらじか
第13回(1969年)
大内 與五郎 『極光の下に』 新星書房 1968年10月10日

われらより先に入りにし俘虜ならむ線路に添ひて凍る糞便
膝頭いたく尖(とが)りて死にし兵かたへに置きて雪に穴掘る
凍死者のつひに出でしといふ声が闇にこだまし受けつがれゆく
第13回(1969年)
小野 茂樹 『羊雲離散』 白玉書房 1968年3月3日

あの夏の数かぎりなきそしてまたたつた一つの表情をせよ
五線紙にのりさうだなと聞いてゐる遠い電話に弾むきみの声
わが肩に頰を埋めしひとあれば肩は木々濃き峠のごとし
第14回(1970年)
川島 喜代詩 『波動』 歩道短歌会 1969年11月1日

「兵の苦は農の貧よりたやすし」と轟くごとき死者らの言葉
照明にかがやくレール集まりてその前方のかぎりなき闇
わがうちに言葉あふれて苦しみに耐へゐるさまを沈黙といふ
第15回(1971年)
佐佐木 幸綱 『群黎』 青土社 1970年10月1日

なめらかな肌だったっけ若草の妻ときめてたかもしれぬ掌(て)は
ハイパントあげ走りゆく吾の前青きジャージーの敵いるばかり
無頼たれ されどワイシャツ脱ぐときのむざむざと満身創痍のひとり
第16回(1972年)
大家 増三 『アジアの砂』 そろばんや書房 1971年7月15日

報道の「指導」に怒り退社する幾人あり黙々とデスク会閉ず
日本より奪いし武器に戦うとわずか知る詳報なき解放戦
いえばまた怒声とならんメモのまま八時になれば編集局を去る
第17回(1973年)
該当なし

第18回(1974年)
竹内 邦雄 『幻としてのわが冬の旅』 白玉書房 1973年4月18日

三椏(みつまた)の黄花虔しく培(つちか)ひて人は尾根近き岩間をかよふ
いつのとき遂げんひそかなる冬の旅花しげき三椏を幻として
負ひ目とも曳く長き悔若ければみな一途にて戦争に死す
第19回(1975年)
該当なし

第20回(1976年)
細川 謙三 『楡の下道』 短歌新聞社 1975年7月15日

枯芝に子を遊ばせる主婦ひとり傍らを吾が通り過ぎつつ
教会の尖塔は吾が窓より高く塔に渦巻きて降る今日の雪
街角の境界もさくら咲かしめて光はとぼし北国の春
第21回(1977年)
河野 裕子 『ひるがほ』 短歌新聞社 1976年10月25日

汝が胸の寂しき影のそのあたりきりん草の影かはみ出してゐる
いかばかり小さくぬくときものならむ夏さらば胸に抱かむ吾子の
しんしんとひとすぢ続く蝉のこゑ産みたる後の薄明に聴こゆ
第22回(1978年)
池田 純義  『黄沙』 短歌新聞社 1977年6月25日

第22回(1978年)
三枝 昂之 『水の覇権』 沖積舎 1977年10月20日

早稲田車庫こえてときどきプラトンのようなひとりに会いにゆきしも
択ばれて残るにあらず陸橋をわたりはるかに逢う冬の山脈(やま)
ひとり識る春のさきぶれ鋼(はがね)よりあかるくさむく降る杉の雨
第23回(1979年)
小池 光 『バルサの翼』 沖積舎 1978年11月20日

雪に傘、あはれむやみにあかるくて生きて負ふ苦をわれはうたがふ
バルサの木ゆふべに抱きて帰らむに見知らぬ色の空におびゆる
いちまいのガーゼのごとき風たちてつつまれやすし傷待つ胸は
第24回(1980年)
築地 正子 『花綵列島』 雁書館 1979年11月10日

第25回(1981年)
道浦 母都子 『無援の抒情』 雁書館 1980年12月25日

催涙ガス避けんと秘かに持ち来たるレモンが胸で不意に匂えり
調べより疲れ重たく戻る真夜怒りのごとく生理はじまる
明日あると信じて来たる屋上に旗となるまで立ちつくすべし
第26回(1982年)
時田 則雄 『北方論』 雁書館 1981年10月20日

獣医師のおまへと語る北方論樹はいつぽんでなければならぬ
汗のシャツ枝に吊してかへりきしわれにふたりの子がぶらさがる
トレーラーに千個の南瓜と妻を積み霧に濡れつつ野をもどりきぬ
第27回(1983年)
沖 ななも 『衣裳哲学』 不識書院 1982年6月10日

空壜をかたっぱしから積みあげるおとこをみている口紅(べに)ひきながら
この椅子をわたしが立つとそのあとへゆっくり空がかぶさってくる
父母(ちちはは)は梅をみておりわれひとり梅のむこうの空を見ている
第28回 1984年
阿木津 英 『天の鴉片』 不識書院 1983年12月15日

ぎしぎしの赤錆びて立つこの暑さ「家族」とはつね歪めるものを
鞦韆に天(あめ)の錘りのごと揺るる小肉塊を子供といえり
柿の木のうちの力が朱に噴きて結びたりけるこずえこずえに
第29回(1985年)
鳥海 昭子 『花いちもんめ』 玄王社 1984年3月1日

どんなかっとうがあって 雲よ 鰈の形になったのか
菜種はじけるひそかな午後を捨て子のSがまた盗みする
盗癖の子の手をとれば小さくてあったかいのでございます
第30回(1986年)
真鍋 正男 『雲に紛れず』 短歌新聞社 1985年12月10日

第31回(1987年)
坂井 修一 『ラビュリントスの日々』 砂子屋書房 1986年10月20日

青乙女なぜなぜ青いぽうぽうと息ふきかけて春菊を食ふ
水族館(アカリウム)にタカアシガニを見てゐしはいつか誰かの子を産む器(うつは)
科学者も科学も人をほろぼさぬ十九世紀をわが嘲笑す
第32回(1988年)
加藤 治郎 『サニー・サイド・アップ』 雁書館 1987年11月25日

ほそき腕闇に沈んでゆっくりと「月光」の譜面を引きあげてくる
もうゆりの花びんをもとにもどしてるあんな表情を見せたくせに
ひとしきりノルウェーの樹の香りあれベッドに足を垂れて ぼくたち
第32回(1988年)
俵 万智 『サラダ記念日』 河出書房新社 1987年5月8日 刊行

「この味がいいね」と君が言ったから七月六日はサラダ記念日
さくらさくらさくら咲き初め咲き終りなにもなかったような公園
ゆく河の流れを何にたとえてもたとえきれない水底(みなそこ)の石
第33回(1989年)
米川 千嘉子 『夏空の櫂』 砂子屋書房 1988年10月20日

名を呼ばれしもののごとくにやはらかく朴の大樹も星も動きぬ
〈女は大地〉かかる矜持のつまらなさ昼さくら湯はさやさやと澄み
桃の蜜手のひらの見えぬ傷に沁む若き日はいついかに終らむ
第34回(1990年)
水原 紫苑 『びあんか』 雁書館 1989年5月31日

殺してもしづかに堪ふる石たちの中へ中へと赤蜻蛉(あかあきつ) ゆけ
われらかつて魚(うを)なりし頃かたらひし藻の蔭に似るゆふぐれ来たる
まつぶさに眺めてかなし月こそは全(また)き裸身と思ひいたりぬ
第34回(1990年)
辰巳 泰子 『紅い花』 砂子屋書房 1989年9月20日

乳ふさをろくでなしにもふふませて桜終はらす雨を見てゐる
まへをゆく日傘のをんな羨(とも)しかりあをき螢のくびすぢをして
いとしさもざんぶと捨てる冬の川数珠つながりの怒りも捨てる
第35回(1991年)
山田 富士郎 『アビー・ロードを夢みて』 雁書館 1990年11月1日

柘榴割る力きたりて国家焼くべき火はいづくにねむるいづくに
沈船の窓よりのぼる泡よりもはかなきことをいまこそ言はめ
おもひみよ伊勢物語十二段月さす踊場のごとく遊びき
第36回(1992年)
該当なし

第37回(1993年)
鳴海 宥 『 BARCAROLLE(舟歌)』 砂子屋書房 1992年10月10日

やはらかき手のあらはれて思ふさま入れる鋏のひびきは空に
おほぞらの果肉をわけてひびきゐるいかづちこそは神の静脈
大陸を曳きて流るる夕雲のそびらはげしき暗黒のあり
第37回(1993年)
三井 修 『砂の詩学』 雁書館 1992年10月20日

港町ゆくトラックが落としたる鱈一本の腸(わた)まで真冬
ハンドルの半ばを砂に埋めたる自転車があり肋のごとくに
「歌詠みに砂漠は合わぬ」簡潔に書かれし文にひとひこだわる
第38回(1994年)
谷岡 亜紀 『臨界』 雁書館 1993年8月15日

うるとらの父よ五月の水青き地球に僕は一人いるのに
天啓を待つにあらねど夕空に仰ぐインドのハレー彗星
文明がひとつ滅びる物語しつつおまえの翅脱がせゆく
第38回(1994年)
早川 志織 『種の起源』 雁書館 1993年9月9日

第39回(1995年)
大滝 和子 『銀河を産んだように』 砂子屋書房 1994年7月20日

サンダルの青踏みしめて立つわたし銀河を産んだように涼しい
収穫祭 稜線ちかく降りたちてbetweenやupやawayを摘めり
やわらかき雨セーラーの肩に沁む 迷路を選びはじめし少女
第40回(1996年)
吉川 宏志 『青蟬』 砂子屋書房 1995年8月25日

窓辺にはくちづけのとき外したる眼鏡がありて透ける夏空
風を浴びきりきり舞いの曼殊沙華 抱きたさはときに逢いたさを越ゆ
画家が絵を手放すように春は暮れ林のなかの坂をのぼりぬ
第41回(1997年)
該当なし

第42回 (1998年)
渡辺 松男 『寒気氾濫』 本阿弥書店 1997年12月1日

橋として身をなげだしているものへ秋分の日の雲の影過ぐ
キャベツのなかはどこへ行きてもキャベツにて人生のようにくらくらとする
つくづくとメタフィジカルな寒卵閻浮提(えんぶだい)容れ卓上に澄む
第43回(1999年)
大口 玲子 『海量(ハイリャン)』 雁書館 1998年11月17日

房総へ花摘みにゆきそののちにつきとばさるるやうに別れき
形容詞過去教へむとルーシーに「さびしかつた」と二度言はせたり
炎昼に母語は汗して立つものを樹皮剝ぐごとき剝奪思ふ
第44回(2000年)
該当なし

第45回(2001年)
永田 紅 『日輪』 砂子屋書房 2000年12月24日

人はみな馴れぬ齢を生きているユリカモメ飛ぶまるき曇天
ああ君が遠いよ月夜 下敷きを挟んだままのノート硬くて
ほうたるのひかり追いつつ聞くときにルシフェラーゼは女の名前
第46回(2002年)
岩井 謙一 『光弾』 雁書館 2001年9月19日

おそらくは今も宇宙を走りゆく二つの光 水ヲ下サイ
みどりごを抱きて歩める夏木立ほらできたての酸素を吸へよ
藤の花うすむらさきの宙に垂れ地にはとどかぬ未完なる滝
第46回(2002年)
真中 朋久 『雨裂』 雁書館 2001年10月1日

君が火を打てばいちめん火の海となるのであらう枯野だ俺は
湿度計の奥に張られゐる亜麻色の女人の髪を筆をもて洗ふ
片足はいまだに闇に残しゐると窓の下に立つわれを言ひたり
第47回(2003年)
渡 英子 『みづを搬ぶ』 本阿弥書店 2002年6月21日

星条旗のTシャツさはに売られゐる中世のなき国のあかるさ
信濃町ゆふあかりして駅前の帝都典礼を出づる白百合
薄紙をさゐさゐと脱ぎ梨の実に二十世紀の黄昏のみづ
第47回(2003年)
島田 幸典 『no news』 砂子屋書房 2002年8月8日

横がおを見せつつ橋をゆきちがう光のなかの北山時雨
憶い出のことばのように冬闇は遠くのひかりをじかに伝える
たましいを預けるように梨を置く冷蔵庫あさく闇をふふみて
第48回(2004年)
本多 稜 『蒼の重力』 本阿弥書店 2003年12月12日

岩尾根の氷の花を打ちはらひマッターホルンを組み伏す我ぞ
また生えて来いよと庭の雑草を抜く朝(あした)なり出国の日の
すぎゆきはさらさらさつと狩野川の潤香(うるか)のことも忘れたりけり
第48回(2004年)
矢部 雅之 『友達ニ出会フノハ良イ事』 ながらみ書房 2003年12月18日

霧のごときあはき思ひが湧きやまぬ良いのだらうか思慕と呼んでも
一度しか言はぬよく聞けこの俺は秋刀魚が好きだお前が好きだ
生きのびてなほ生きのびて老人が今朝売る柑子の色の鮮し
第49回(2005年)
該当なし

第50回(2006年)
松木 秀 『5メートルほどの果てしなさ』 ブックパーク 2005年3月5日

カップ焼きそばにてお湯を切るときにへこむ流しのかなしきしらべ
核発射ボタンをだれも見たことはないが誰しも赤色とおもう
輪になってみんな仲良くせよただし円周率は約3とする
第50回(2006年)
日置 俊次 『ノートル・ダムの椅子』 角川書店 2005年9月25日

この留学より〈われ〉が始まる 原点をノートル・ダムのかたき椅子とす
破傷風の接種を受けしよりパリの路地には馬のにほひ満ちたり
みのもにあるものみのもになきもの顔だしてまたしづむものおちてゆくもの
第51回(2007年)
棚木 恒寿 『天の腕』 ながらみ書房 2006年12月16日

モンキチョウあるいは葩(はな)の影過ぎてローマ字協会ビル壁しろし
ベランダに煙草を喫みし生徒にてそこより見しか桜の老いを
秋逝きぬ光の速さの測定にガリレオが失敗し続けた季節
第51回(2007年)
都築 直子 『青層圏』 雁書館 2006年12月20日

大空の青を一蹴りづつゆけば一蹴りごとにひとは近づく
橋桁より青空のなかへつぎつぎに飛び立つてゆくまなつのこども
かりそめの折り目にそひて最高裁裁判所審査用紙は二つに閉ぢぬ
第52回(2008年)
奥田 亡羊 『亡羊』 短歌研究社 2007年6月5日

宛先も差出人もわからない叫びをひとつ預かっている
砲弾がはるかな空をよぎる日のみずうみを脱ぐ蛇の恍惚
白き雲ながるる水を跨ぐとき巨人のごとく我は老いたり
第53回(2009年)
駒田 晶子 『銀河の水』 ながらみ書房 2008年12月22日

ラムネ壜きらりきらりと回しやれば注ぎ口より溢れだす海
ままごとに見えざる人も招かれて見えざるひとつの椀を渡しぬ
藁焼きの鰹、のシールに貼られたるちいさな海を買って帰りつ
第54回(2010年)
野口 あや子 『くびすじの欠片』 短歌研究社 2009年3月3日

くびすじをすきといわれたその日からくびすじはそらしかたをおぼえる
ふくらはぎオイルで濡らすけだものとけものとの差を確かめるため
すっぽりとこの世から消えたことなくて携帯の灯が点滅してる
第54回(2010年)
藤島 秀憲 『二丁目通信』 ながらみ書房 2009年9月28日

われからの電話に父が「留守番でわかりません」と答えて切りぬ
縁側の日差しの中に椎茸と父仰向けに乾きつつあり
鍵穴に合わざる鍵の増えてゆくように失業期間が延びる
第55回(2011年)
光森 裕樹 『鈴を産むひばり』 港の人 2010年8月11日

われを成すみづのかつてを求めつつ午睡のなかに繰る雲図鑑
オリオンを繫げて見せる指先のくるしきまでに親友なりき
ドアに鍵強くさしこむこの深さ人ならば死に至るふかさか
第56回(2012年)
柳澤 美晴 『一匙の海』 本阿弥書店 2011年8月20日

れんめんとおしよせてくる足音のめぐろにっぽりごたんだあの世
先端の欠けてしまったピペットの春のひかりを束ねて捨てる
剖(ひら)かれる白鳥として一本の道受け入れし故郷見下ろす
第57回(2013年)
内山 晶太 『窓、その他』 六花書林 2012年9月25日

たんぽぽの河原を胸にうつしとりしずかなる夜の自室をひらく
列車より見ゆる民家の窓、他者の食卓はいたく澄みとおりたり
わが胸に残りていたる幼稚園ながれいでたりろうそくの香に
第57回(2013年)
山田 航 『さよならバグ・チルドレン』 ふらんす堂 2012年8月17日

靴紐を結ぶべく身を屈めれば全ての場所がスタートライン
たぶん親の収入超せない僕たちがペットボトルを補充してゆく
鉄道で自殺するにも改札を通る切符の代金は要る
第58回(2014年)
大森 静佳 『てのひらを燃やす』 角川書店 2013年5月24日

君の死後、われの死後にも青々とねこじゃらし見ゆ まだ揺れている
眼と心をひとすじつなぐ道があり夕鵙などもそこを通りぬ
どこか遠くでわたしを濡らしていた雨がこの世へ移りこの世を濡らす
第59回(2015年)
服部 真里子 『行け広野へと』 本阿弥書店 2014年9月15日

三月の真っただ中を落ちてゆく雲雀、あるいは光の溺死
音もなく道に降る雪眼窩とは神の親指の痕だというね
野ざらしで吹きっさらしの肺である戦って勝つために生まれた
第60回(2016年)
吉田 隼人 『忘却のための試論』 書肆侃侃房 2015年12月11日

恋すてふてふてふ飛んだままつがひ生者も死者も燃ゆる七月
いくたびか掴みし乳房うづもるるほど投げ入れよしらぎくのはな
青駒のゆげ立つる冬さいはひのきはみとはつね夭逝ならむ
第61回(2017年)
鳥居 『キリンの子』 KADOKAWAアスキー・メディアワークス 2016年2月10日

病室は豆腐のような静けさで割れない窓が一つだけある
慰めに「勉強など」と人は言う その勉強がしたかったのです
手を繋ぎ二人入った日の傘を母は私に残してくれた
第62回(2018年)
佐藤 モニカ 『夏の領域』 本阿弥書店 2017年9月18日

一つ残しボタンをはづすポロシャツは夏の領域増やしゐるなり
さやさやと風通しよき身体なり産みたるのちのわれうすみどり
次々と仲間に鞄持たされて途方に暮るる生徒 沖縄
第63回(2019年)
小佐野 彈 『メタリック』 短歌研究社 2018年5月21日

家々を追はれ抱きあふ赤鬼と青鬼だつたわれらふたりは
ママレモン香る朝焼け性別は柑橘類としておく いまは
むらさきの性もてあます僕だから次は蝸牛(くわぎう)として生まれたい
第63回(2019年)
山下 翔 『温泉』 現代短歌社 2018年8月8日

店灯りのやうに色づく枇杷の実の、ここも誰かのふるさとである
草食んでぢつとしてゐる夜の猫とほいなあ いろんなところが遠い
ほむら立つ山に出湯のあることのあたりまへにはあらず家族は
第64回(2020年)
川島 結佳子 『感傷ストーブ』 短歌研究社 2019年7月25日

「お前はもう、死んでいる」とか言いながらあなたと食べる胡桃のゆべし
君の見る走馬燈の中にわたくしの一発ギャグがあればいいのだ
おはじきをたくさんくれる祖母のようお釣りを返す蕎麦の券売機
第64回(2020年)
佐佐木 定綱 『月を食う』 角川文化振興財団 2019年10月31日

男性の吐瀉物眺める昼下がりカニチャーハンかおれも食いたい 
自らのまわりに円を描くごと死んだ魚は机を濡らす
ぼくの持つバケツに落ちた月を食いめだかの腹はふくらんでゆく
第65回(2021年)
川野 芽生 『Lilith』 書肆侃侃房 2020年9月24日

春は花の磔(はりつけ)にして木蓮は天へましろき杯を捧げつ
harassとは猟犬をけしかける声 その鹿がつかれはてて死ぬまで
摘まるるものと花はもとよりあきらめて中空にたましひを置きしか
第65回(2021年)
北山 あさひ 『崖にて』 現代短歌社 2020年11月6日

いちめんのたんぽぽ畑に呆けていたい結婚を一人でしたい
ともだちを旧姓で呼ぶともだちがちゃんと振り返る 蚊だよ
がんばったところで誰も見ていない日本の北で窓開けている
第66回(2022年)
北辻一展『無限遠点』 青磁社 2021年7月15日

くちびるがはつかふくらむ春の気はカニクイザルの部屋に届くか
少年天使像つくらんとする父のためわれの背中を見せしあの頃
寄り添いの言葉を選りて話すときマスクの内で擦れる唇
第66回(2022年)
平岡直子『みじかい髪も長い髪も炎』 本阿弥書店 2021年4月26日

海沿いできみと花火を待ちながら生き延び方について話した
心臓と心のあいだにいるはつかねずみがおもしろいほどすぐに死ぬ
三越のライオン見つけられなくて悲しいだった 悲しいだった
第67回(2023年)
鈴木加成太『うすがみの銀河』 角川書店 2022年11月25日

園丁の鋏しずくして吊られおり水界にも別の庭もつごとく
エッシャーの鳥やさかなとすれ違う地下鉄(メトロ)がふいに外へ出るとき
宇宙飛行士(アストロノオト)も宇宙へもちてゆきたりし食欲よ僕も飢ゑて秋ゆく
第67回(2023年)
田村穂隆『湖(うみ)とファルセット』 現代短歌社 2022年3月1日

そうか、僕は怒りたかったのだ、ずっと。樹を切り倒すように話した (p13)
草原にひとつの穴が空いているような猫の眼 風の真昼に (p37)
はろほろ、ふ。はるばろろろふ。散りながら空気を磨くように桜は (p164)

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