“歴史は繰り返さないが、韻を踏む”。マーク・トウェインの言葉と聞くが、韻文にたずさわる私たちならば、とくに反応してしまう言葉ではないだろうか。
昨今の時代情勢は昭和十年代に酷似しているとも言われる。では、当時の歌壇はどのような状況だったのだろう。折しも改造社版『短歌研究』復刻版が三人社から刊行中であり、電子書籍版で読むこともできる。
https://3nin.jp/tankakenkyu
1932(昭和7)年10月〜1944(昭和19)年7月刊行の全142冊・別冊1で、ちょうど第7回配本分=日中戦争下の1938(昭和13)年分が届いたところだ。
改造社山本実彦社長の気合いが伝わるアンソロジー『新萬葉集』が刊行中で、その話題は『短歌研究』誌面にもあふれている。その熱気も受けてか、岡山巌「歌壇の旧派化を救へ」(昭和13年6月号)に端を発する短歌革新論議が始まるのもこの頃だ。
前線の兵や傷病兵の短歌も掲載され、陸軍歩兵将校であった歌人菊池剣が、「事変歌に於ける兵語の誤用」(昭和13年9月号)と題して逐一指摘している文章も参考になる。他方、ハンセン病療養者の短歌も注目され、前線と銃後とのバランスは、昭和13年時点ではまだとれているだろうか。国文学者らの重厚な論考のほか、闊達な自由律短歌もこの時点では掲載されている。
落葉落葉落葉、地めんいちめんの落葉落葉落葉、冬がきた
前田夕暮(昭和13年1月号)
かたくりは
さびしい花だと見てゐるのに
手にとつて、なほ
見よといふ。
矢代東村(昭和13年6月号)
万歳の声に応(こた)へて
挙手の礼する
この若者の
複雑な表情。
渡邊順三(昭和13年10月号)
※作品の旧字は新字に改めた
後に真珠湾攻撃が始まると、誌面の印象は変化する。掲載歌はほぼ定型短歌となり、用紙統制もあってページ数も少なくなっていく――。
國學院大學や東京商大の学生らによる「学徒出陣の歌」(昭和18年12月号)、「大東亜戦争詠鑑賞」(昭和19年複数号)はじめ、戦地からの読者投稿歌などは、まだまだ研究の余地があるのではないだろうか。広告や「編集後記」なども含め、復刻版は、“今”の私たちにさまざまな情報を与えてくれる貴重な資料と感じている。
復刻版といえば、1924(大正13)年4月に創刊された『日光』復刻版(全10巻・別冊1、不二出版)も、口語自由律短歌はじめ発見に満ちている。
https://www.fujishuppan.co.jp/newbooks/%E6%97%A5%E5%85%89%E3%80%90%E5%BE%A9%E5%88%BB%E7%89%88%E3%80%91-%E5%85%A810%E5%B7%BB%E3%83%BB%E5%88%A5%E5%86%8A1/
『短歌研究』より時代は前で、昭和の幕開けを告げる勢いある誌面である。北原白秋、前田夕暮、古泉千樫、矢代東村、釈迢空(折口信夫)らはじめ、俳人や三ケ島葭子、原阿佐緒ら女性歌人たちの作品も収録。
詳しい内容については、北海学園大学短歌会の会誌『華と硝烟』第4号に山田航が「歌誌『日光』ノート」を寄せ、各号の執筆者や特徴等にも触れているので、ご一読いただきたい。
改造社版『短歌研究』も『日光』も、私たちの“今”を考えさせる材料に満ちていると思われる。ぜひ、図書館等で目にしていただきたい。
プロフィール
田中 綾(たなか・あや)
1970年、札幌市生まれ。北海学園大学短歌会所属。1995年、第13回現代短歌評論賞受賞。評論家の菱川善夫に師事。北海道新聞日曜版にコラム「書棚から歌を」を連載中で、『書棚から歌を 2015-2020』(北海学園大学出版会)等、著書多数。小松靖彦編『検証 戦争に加担した日本文学』(全3冊、花鳥社)の2巻目収録の拙稿もお読みいただきたい。
https://booklog.jp/users/kanoyauni