どうにも部屋が片付かない。もしかして病気なのかと思ってしまう。身辺を整理できない病気。郵便の翌日配達がなくなってから、いっそうひどいことになった。郵便物が遅れてくる。用事があってその日のものが整理できないと大変なことになる。
結社(歌と観照)の毎号の、詠草も歌評も原稿用紙に書いたものを選者や担当に送るという、創刊の頃(昭和6年)と(たぶん)変わらない方法であることにもよるし、受贈の同人誌結社誌もけっこう多い、という事情もある。
自室は歌集・歌書・小説などの本の他、以前キルトをやっていたので(今もやめたわけではないが、時間がない)、集めた藍染めの古布や、米国製のプリント柄の平織布などがため込んである。
どちらも整理するのはとても楽しいのだが、時間がない。
出身地、地球といわばみずいろのコロラド川はふるさとの川
『I miss you』 ながらみ書房2000年
米国に住んでいたころの自作。中国人も南米人も日本人も出身地は地球だ。
思えば結婚以来夫の勤務の都合で、長崎・高槻・横浜・我孫子・仙台・我孫子・ニューヨーク・ロスアンゼルス・我孫子・シンガポール・我孫子と転宅を続けてきた。我孫子は私どもが住宅を購入した地であり、仙台以後、転勤後は自宅に戻ったことになる。子どもが大学生になってからは彼らを自宅に残し、夫婦で転居した。結社は、結婚前から入っていたので、住所録が手書きの時代の私の欄は大いに混乱していたことだろう。
短くて1年半、長くて6年で転勤はあったので、その都度家中の物を整理し、捨てる物は捨て、譲るものは譲り、近所付き合いをしていた別れがたい人も、そうでない人もさよならして、なるべく身軽に動いたものだが、転居しなくなってからいよいよ始末のつけようがなくなった。貴重で処分しにくいものと、情が移って手放せないもの、判断のしにくいものが混然となって自室の空間を狭めている。
流れ流れた半生のせいか、たまに、何もかも打ち捨てて別の土地に行ってしまいたい気持ちもわく。ついでにお面にも少し手を加えたりして。
明朗に日本を捕らへまた逃がし加州にわれら海賊たりし
川野里子『青鯨(せいげい)の日』 砂子屋書房 1997年
ロッキーの雪、崑崙の霰、大和の霜 窓とほく朝の雲は生(あ)れつつ
川野里子さんの、カリフォルニア時代の作品が含まれている『青鯨の日』は繰り返し繰り返し読んだ。日本を離れた感傷というより、孤独と自由がきわだち、誰か、とか何か、との関連でなく、素の自分というものが立ちあがってくる感覚。明るい太陽と、沢山の言語の混沌。まだ何かができそうだった頃の自分がひりひりとよみがえる。編集や片づけや家事を離れて、自分や、世界を純粋に眺められそうな気がして、今も時々思い出して読んでいる。
プロフィール
五十嵐順子(いがらし・じゅんこ)
1948年新潟県生まれ。「歌と観照」所属。現在編集人・選者。歌集『連鎖』・『奇跡の木(Survivor tree)』
ほか2冊。千葉県我孫子市在住。